博多の歴史を駆ける!櫛田神社から大宰府・水城まで!中編

大宰府政庁跡 ロードバイク
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櫛田神社をあとにして

前編では格安旅の仕方と櫛田神社について
熱く語ってしまいました。

中編はなんと、腹ごしらえから始まりますw

・博多といえば、水炊き!
「華味鳥」でリーズナブルにいただく
・ロードバイクで大宰府へ
しかし途中でまさかの水城が!!
・太宰府天満宮、ちょっとその前に

博多名物といえば、水炊き!
「華味鳥」でリーズナブルにいただく

櫛田神社をあとにして、
いよいよお腹の虫が暴れ出しました。

新幹線の中で目星をつけていた
水たき料亭 博多華味鳥さんにお邪魔します。

櫛田神社から800mほどなので、
歩けばまた10分ほどですね。
博多駅の方へ戻るので、
先に腹ごしらえをしておきたい人は
こちらから回った方が良いかと。

水炊き料亭 博多華味鳥 博多駅前店

外観は高級感がありますね。
ところがどっこい!

水たき料亭 博多華味鳥

ランチは素敵なお値段!
旅人に優しい料金設定!!

そもそも、水炊きってどんなイメージですか?
ぼくは今回初めて食べましたが、それまでは

「出汁で炊くなら美味しそうやけど
水で炊いたら味ないんちゃうか」

と思ってました。
素材が良かったとしても、鍋になると
淡白な味は飽きてしまいますからね。

前菜が出てきた後、少し時間を置いてから
メインが到着!

水たき料亭 博多華味鳥

もうね、
前菜の鶏スープがウマすぎて
メインの水炊き、ハードルぎゃん上がりですよ。

お味の方は・・・

滋養。
滋養という言葉がよく当てはまるお味。

若い子からすればパンチが足らんかもですが
そろそろオジサンの仲間入りを果たすぼくには
非常にしみ込むお味です。
日頃の不摂生が浄化されるようなお味。
罪悪感まで取り払ってくれるお料理でした。
これでまた明日から不摂生できるというもの!w

それにこの値段で食べられるなら
大満足じゃないですか!
また夜にも来てみたいですね。

水たき料亭 博多華味鳥
福岡県福岡市博多区博多駅前3丁目23−17
Mapはこちらから



ロードバイクで大宰府へ
しかし途中でまさかの水城が!!

結構満腹になりました。
ここから太宰府天満宮を目指して
南下してきます!

大宰府までは約15km。
しかも平坦な道なので、余裕ですね。

電車で行くとちょっと面倒ですが、
乗り換えの時間を含めると50分ほど。

博多駅
↓バス 天神or警固神社方面(12分)
西鉄福岡(天神)駅
↓特急大牟田線(16分)
西鉄二日市駅
↓西鉄大宰府線(5分)
大宰府駅

案外遠いですよねえ。

しかしぼくはロードバイクです。
人力で大宰府を目指します!!

しかし道中は市街地なので自然も少なく、
飲食店やイオン、パチンコ屋さんばっかりで
走ってても味気ない・・・

うーん、と思っていたころ、
少し田舎めいてきたと思ったら!

水城

いきなり来たな!
歴史の重要スポット
「水城」(みずき)です!!

水城のことを話すには、
まず大宰府についてお話しなければなりませんね。

大宰府(だざいふ)

外交と防衛の最前線。歴史は深く、6世紀に記述があることから、成立はもっと古い。成立当初は外国からの使節の送迎の要所だったが、そのうちに防衛の要所になっていく。教科書で出てくるのは「白村江の戦い」で、その影響から唐が攻めてくるかも、という不安から水城を造らせたとか。
水城というのは濠+土塁+濠という全長1.2kmの三段構えの壁。

かくして、大宰府を守るための要所がここ、
水城だったわけです。
外側の濠は幅60m!めちゃめちゃデカい!!

土でできた万里の長城みたいな感じですかね。
これは見ていかないとダメでしょ!
写真中央にある地下の展示室へお邪魔しました。

出迎えてくれたのは案内員のおじさん。

おじ「スタンプラリーか?」
ぼく「え、スタンプラリー?」
おじ「違うんか・・・」

わかりやすくガッカリされました。w
聞けば、スタンプラリーをやっているのに
水城には全く人が来ないとのこと。
ちょっとアクセス悪いっすもんね。すんません。

展示を見ているとおじさんが熱心に解説してくれました。

水城

映像を見ている最中も、おじさん喋る喋るw
副音声ばりに喋ってくれました。優しい。

帰ろうとすると、
おじ「上、登った?まだなら見て行きい」
とのことだったので、登ってみました。

水城

なんか神々しい景色が!
目の前の木の生えたこんもりしているのが水城です。
え、ぼくが立ってるここもそうなんかな。
穴掘って展示室作ってるけど、良いんかなw

途中、高速道路で分断されていますが、
1500年近く経った今でも、
何となく姿が想像できますね。

水城

丘を下りると歌碑がありました。
旅人が京に戻ることになり、遊行女(うかれめ)の娘子(児島)が読んだ歌だそう。あまりに身分が違うため袖を振らずにいたものの、旅人が振り返った時に、涙ながらにこの歌を口ずさんだそう。

凡(おほ)ならば かもかもせむを
恐(かしこ)みと

振りたき袖を 忍びてあるかも
(遠くへと帰ってしまう普通の人なら、ああしてあげたい、こうしてあげたいと色々あるけれど、あなたは畏れ多い方だから、手を振ってお別れしたい思いを、こうして耐えているのです。)

旅人の返歌は・・・

ますらをと 思へるわれや 水くきの
水城のうえに なみだ拭(のご)はむ

(自分のことを立派な男だと思っていたが、それがどうだろう。今、私は水城の上に立って、こうして涙を拭っている。)

当時、国の役人として出張に来てたんでしょうね。そこで恋人ができた。でも出張から帰らないといけなくなった。たぶん、彼らはこれが今生の別れだったのでしょう。会いに行ける距離でもないし、退役する頃には歩いていけるはずもない。かといって仕事を辞めるわけにもいかない。この旅人は都に戻って、結婚したんでしょうか。結婚したとしても、忘れられないでしょうね。彼女に縁のあるものを見ては、絶えず胸に去来したのではないでしょうか。男の恋愛は、上書き保存できないって言いますからね。w

防人歌もそうですけど、1400年経った今でも涙を誘います。この歌を聞いたとき、目の前がぼやけました。遠距離恋愛をしたことのある人なら、痛いほどわかるんやないでしょうか。正直、この記事を書いている間も、胸が詰まってきます。うう。

別れって、いつの時代もドラマですね。

水城館
福岡県太宰府市国分二丁目17-10
Mapはこちらから



太宰府天満宮、ちょっとその前に

ちょっとしんみりしてしまいました。
気を取り直して、太宰府天満宮を目指します!が、
もう一つだけ寄り道させてください。

水城跡から約2km。
今度は大宰府政庁跡です!!

大宰府政庁跡

博多華丸大吉さんも言うてはったけど、
マジで何もない。w

遠足の定番だったそうですが、
ここへ連れて来られても、何をしたら良いのか。
まさか小学校低学年で、
大宰府に興味を持つのも難しいやろうし。

でも、遠足や社会見学って、そういうもんですよね。
大人になったときに、
「あ、子どもの頃に来た」とか、
「どういうところやったんやろ」とか、
こういうのって時限爆弾みたいなもんで
大人になってから興味が湧いたり、
教養として身に着いたりするんですよね。

大宰府政庁跡

敷地に入って両脇に、礎石が並んでいました。
28.5m×13mの大きさの敷地に、
それぞれ大広間と役所があったみたいです。
礎石は直径1mくらいでしょうか。
大きな柱を使ってたんすね。

大宰府政庁跡

真っ直ぐ進んでいくと、正殿後がありました。
帥(そち)と呼ばれる大宰府のトップが、
ここで政務を行なったそう。

大宰府政庁跡

復元された建物のイメージ図を見ると、
やはりヤマト王権や奈良時代の特徴が出てますね。
大陸の香りがします。

大宰府政庁跡
福岡県太宰府市観世音寺4丁目6−1
Mapはこちら

 

ちょっと寄り道しすぎなので、ぐるっと一回りして
いよいよ太宰府天満宮へ向かいます!

太宰府天満宮、この記事で行くって言うてたのに
行けませんでした。すいませんw

後編は、太宰府天満宮から始まります!

 

前編・後編は、こちらからどうぞ・・・

博多の歴史を駆ける!櫛田神社から大宰府・水城まで!前編

博多の歴史を駆ける!櫛田神社から大宰府・水城まで!後編



 

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